日記
リャド 回顧展
昨日は、リャド回顧展に行った
ベラスケスの再来とも言われた印象派最後の画家
もう、一目ぼれだったので、ともかく、電車に乗って西新宿の会場へ。
元々、好きな画家はルドン。
リャドは、ルドンを陽気にした感じ。
上等な評価、批評はどうあれ、感覚的に好き。
久しぶりに、リラックスできてよかった。
ただ、コピーなのに、最安値でも38万円!には(@_@)
コピーの技法は、ジークレーという、質の高いスキャンと印刷によるもの。
でも、コピーなんだよね・・・
私が気に入った、ロルカの詩が書きこんである緑をバックにしたのとかって
もう、値段忘れちゃったけど、
100万円、150万円とかの値が付いていて、購入済みの札が、一つの絵に3枚も4枚も貼ってあった。
ここで写真で紹介してるのが、最新作(最新コピーという意味、この画家は1999年に亡くなっている)150万円だったかな。
大きいけどね。
値段のつけ方って、原材料費+制作費(労働)+知識や才能の付加価値
この、最後の要素がそれぞれのジャンルでの標準というか常識というかで、かなり根拠なくついている。
さらに、値段の要素にはもう一つあって
それは、買う人(お金を出す人)の満足度。
つまり、物の値段は、その業界の標準的な数字が元になってるから、
その数字に乗れない人は、初めから部外者。
好きかどうかは問題外ということだ。
(このあたり、学生時代に資本論とかを論じ合ったころを思い出す)
ここで翻って、私は自分に確認した
私の作った物は気に入ってくれた人が誰でも買える値段にしよう。
高く買う人優先はしない。
ま、最初に欲しいと思ってくれた人に渡したいな。
だから、今まで通り、一品物でいい。
必要不可欠な日用品なら大量生産で安い方がいい。
注:絵のコピーが38万円で、安い!?
基準がちがいすぎ💦
本物の原画はよほ高額とか、持ち主が売らないとかで、
「コピーか、でも、38万円なら安いから、ま、いいか」なんて言ってるんだろう。
でも、お洒落グッズは、いわば遊び。
遊びこそ人間的な行為⇒ホモ・ルーデンスについてはこちらを参照
だから、非効率的(割高)であっても、材料、工夫、美的効果なんかを大事に丁寧に作りこもうと思う。
そして、できれば、みんなが、自分らしいセンスで自作するのを手伝いたい!!
今日の言葉:人間らしく生きるって、自分らしい生活スタイルを実現し続けること